2026-08-06(木) 因幡の白兎
以下は、この日記を書いている人が自分のブログに書いたものを転載・修正したものです。
有名な因幡の白兎のお話、日本人なら知っているはず。
兎を助けるのはオオクニヌシの神様なんだけど、唱歌「大黒さま」では、次のように歌われています。
大きなふくろを かたにかけ
大黒さまが 来かかると
ここにいなばの 白うさぎ
皮をむかれて あかはだか
大黒さまは あわれがり
「きれいな水に 身を洗い
がまのほわたに くるまれ」と
よくよくおしえて やりました
大黒さまの いうとおり
きれいな水に 身を洗い
がまのほわたに くるまれば
うさぎはもとの 白うさぎ
大黒さまは たれだろう
おおくにぬしの みこととて
国をひらきて 世の人を
たすけなされた 神さまよ
ということで、大黒天として扱われ、最後4番の歌詞で、実は大黒さまはオオクニヌシの命なんですよと種明かしする。
どこかで大黒天とオオクニヌシが混ざったんですね。本来はまったくの別物。
ところで、当のオオクニヌシ様は、「古事記」に登場します。
そこで、因幡の白兎を助けるわけです。
その助けるまでのくだりを載せますが、原文は古く、著作権切れのものです。(小學國史物語 新免 忠著 古事記 T15.2.6 東京紅玉堂出版)
OCRのため多少の誤字が含まれています。
第四 裸の兎
須佐之男の命の八代目のお孫さまに、大穴牟還の命といふ神さまがありました。若くて大變お美しい、また心根もやさしい神樣でした。もう一つのお名前を大國主神と申します。
大國主の神には、多勢のご兄弟がありました。これを八十神と申しまして、みんな亂暴で、意地惡で、慾深の神さまでした。そして、おとなしい大國主の命を、いつても、いぢめつけて、勝手なことばかりしておいでになりました。しかし、心の素直なゆたかな御氣象の大國主の命は、こせ〳〵とした、八十神たちの意地惡には、ちつともお氣をとめず、さからひもせず、言ふとほりになつていらつしやいました。
そのころ、因幡の國に八上比賣いふ姫がをりました。その姫は、づぬけて美しいお姫さまだつたので、その評判は、遠く、伯耆の國で境してゐる出雲の國までも打ち響いて居りました。八十神たちは、 その評判をおきゝになると、 てんでんに、 我れこそ八上比賣のお婿さまにならうと、お思ひになつて、一同つれだつて、因幡の國へお出かけになることになりました。
いよ〳〵お出かけになるとき、八十神は、大國主の神に、大きな袋を背負はせ、お供として、隨つてくる樣にお命じになりました。大國主の神は、大きな袋をかついで、八十神たちの後からついておいでになりました。八十神はめい〳〵に、八上比賣のことを一心を考へながら、因幡の國をさして御出發になりました。
さて、その頃、隱岐の島といふ島に、一匹の白兎が住んで居りました。毎日、野や山を遊びまはつたり、また海べへ出てきて遊んで居りましたが、何しろ一人ぼつちなので、遊んでゐても、さびしくて仕樣がありません。
お天氣のよい時、海べへ來てみると、廣々とした海原をへだてゝ向うには、美しい山や、陸地が見えます。 それは因幡の國でした。 それが或るときには、 霞の中にぼうつとして見えたり、或る時には、はつきりと、手で觸つて見られると思ふほど、よく見えることもありました。
春になりました。 ほんのりと靑みかゝつた、 眠つてゐる樣な山の姿が、 海の向ふに毎日の樣に見えます。
白兎は、けふもまた、海べに立つて、あの美しい因幡の國へ行つて見たいなあと思ひました。きつと、美しい花や小鳥もたくさんゐるし、遊んでくれるお友達もたくさんゐるにちがひない。
かう思ふと兎は矢も楯もたまりません。何とかとして、因幡の國へ渡ることは出來ないかしら。しかし游ぐことは、出來ないし、お舟はなし、困つたなあと、兎は大變しよげて居りましたが、ふとそばを見ると、自分が時たま、友達にしてゐる海の鰐が砂の上に寢そべつてゐます。
兎は一策を思ひつきました。『おい鰐さん、 お前さんは、 此の廣い海に住んでおいてだが、 お友達はいくらもゐないんだらうねえ』と白兎が言つたのです。
鰐は、 もの憂い顏をおこすと、『なに-』と言つた樣な目つきを、小さな、目ぶたの間からのぞかせながら、兎を見ました。
『さうだらう、鰐さん。かう見えても、わたしの仲間は方々にたんとゐるんだよ。お前の仲間より、 よつぽど多いんだよ』
鰐は、憤然として起きあがりました。そして、とんがつた口をひらいて、どなる樣に言ひました。「生意氣なことを言ふな。お前の仲間なんかより、俺の仲間の方が、よつぽど多いのだぞ。この海のなかに、どんなにたくさんの鰐がゐるか、お前は知らないのだらう。可哀想な奴だなあ』と、とがつた口を尙ひらいて、カラ〳〵と笑ひました。
兎は、 にこ〳〵として、『僞だらう』
その愛くるしい目は、光り澄んだまゝじつと、鰐のしよぼ〳〵した目を、覗きこみました。
鰐はむきになつて、『よし、僞と思ふなら、俺の仲間を見せてやらうか。いつだつて見せてやれるんだから』と言ひました。
兎は、しめたと思ひましたが、顏にも出さず、『ほんたうかい。ぢやあ、お前が勝つか、わたしが勝つか勝負をして見やう。どうだい、お前さんの仲間を、こゝの海べから、向うに見える因幡の國までつなげることが出來るかい。もし出來たら、一体何匹ゐるか、わたしが數へて見やうと思ふんだがね』と言ひました。
鰐は、『お安いご用だ。俺の言つたことが僞か、ほんとか見るがいゝ』とぶん〳〵言つたかと思ふと、其のまゝ海の中へもぐつて行きました。
しばらくすると、海の上には、何萬匹とも知れないたくさんの鰐が、うよ〳〵と浮び上つて、 たちまちの內に、 一列の鰐の行列が、 廣い〳〵海の上を、はてしもなく横切つて、はるか因幡の國までつながつてしまひました。
流石の白兎もびつくりして見てゐますと、先頭にゐたさつきの鰐が、『どうだ。俺の仲間だけで、 因幡の國へとゞいたぞ。 どうだ、 降參か』と鼻たか〴〵と言ひました。
白兎はくす〳〵笑ひながら、『しかし一匹々々かぞへて見なくちや分らないや』と言ひました。
『いくらでも、かぞへて見ろ』
兎は、 しめたとばかり、『よしきた。では、いち〳〵かぞへて行くから、みんな、ぢつとしてゐるのだよ』と言ひ捨てゝ、早速、先頭の鰐の背中に、飛び上ると、一い、二う、三い、とかぞへながら、びよん〳〵と、身輕に、鰐から鰐へと、傳つて、とんで行きました。
そして、何千匹、何萬匹とかぞへた後、白兎は、いよいよ、目指す因幡の波打ちぎはまでやつてきました。後、 いよ〳〵陸へ上れるときに、 白兎はたうとう、 がまんしきれずに、ぶつとふき出して、『鰐の馬鹿やい。 だまされたとは知らずたうとうわたしを、 因幡へ渡してくれたね』とあざけりました。そして『馬鹿鰐さん、 いや、 どうも有り難う』と捨舍詞を言つたまゝ、陸にとび上らうとした時、怒つたのは、鰐です。最後にゐた鰐がいきなり、陸へ上つて逃げやうとする兎をつかまへて、ふさ〳〵と白い毛が生えてゐた着物を、 すつかり剝ぎとつてしまひました。
兎は、罪のむくいで、とう〳〵赤裸にされてしまひ、寒くて仕方がありませんでしたけれども、どうともすることも出來ず、砂の上に身を伏せて、慄えながら、めそ〳〵と泣いて居りました。
さて、お話は前に戾つて八十神と大國主の神は、 出雲を御出立になり、 伯耆の國をお通りになつて、因幡の國へおはひりになりました。大國主の命は相變らず袋を重さうにかついで、八十神にずつと後れていらつしやいます。
八十神たちは、八上比賣のゐる所が近くなつてきたものですから、しきりに、さはぎながらおいでになりました。丁度、因幡の國の海岸にさしかヽつた時、砂の上に、一匹の赤裸の兎が、泣きながら、ころげ苦しんでゐます。
八十神たちは、もの珍らしげに、そばへよつていらつしやると、兎に、『おい、お前に毛を生やしてやらうかな。まづ、海の水によく浸つて、それからあの山のてつぺんへ上つて行つて、風に吹かれてごらん。きつと生へるから』と面白半分の出鱈目をおつしやいました。
しかし、何も知らない兎は、お禮を申上げて、早速、潮水につかると、そのまゝ、お山のてつぺんに上つて行つて、ひゆう〳〵と吹く風に、身をさらしました。ところが、大變です、毛が生へるどころか、風で潮水がすつかり乾くと、びり〳〵と、肌がひどいひびの樣に裂けて、その痛むことゝ言つたらありません。そして体中、眞赤に腫れ上つてしまつて、兎はもう泣くにも泣けず、ほとんど虫の息でゐました。
ところへ、袋を背負つて通りかゝつた神さまがあります。言ふまでもなく、大國主の命です。
命は、兎をごらんになると、可哀想に思召しになり、『お前はまあ、一体どうしたのだ。さぞ痛むことだろう。譯をはなして見なさい』とものやさしく、おたづねになりました。
兎は、以前の神たちとちがつて、親切な命のお言葉をきくと、非常に心强く思ひ、鰐をだまして、毛をむしり取られたことから、また、八十神に敎へられた通りにしたら、かへつて、 尙苦しくなつたことなどを申し上げ、『どうぞ、 あはれと思召して、 助けて下さいませ。 もう決して、 ひとをだましたりはいたしませんから』と、 お願ひいたしました。
大國主の命は、『それでは、 今直ぐあすこの川口へ行つて、 眞水で、 潮をすつかり洗ひ落すがよい。それから、 岸に生えてゐる蒲の花を取つて來て、 それを布團の樣に、 一杯に敷いて、その上てお前がころがるのだ。 さうすれば、 やつてごらん』とお教へになりました。
兎は、早速、その通りにいたしまして、蒲の花の上で、ころがると、 体の傷は治つてしまひ、 元の樣な、 白い美しい毛が生へました。白兎は、 うれしくてたまりません。何べんも〳〵大國主の命にお禮を申し上げました。
そして、 最後に命に、『あの八十神たちは、いくらさわいでも、八上比寶をお嫁にすることは出來ません。八上比賣は、必ず〳〵、袋を背負つた、あなた樣のお嫁になると仰言るにちがひありません。御恩がへしとして、私はこれだけ申上げておきます。お信じ下さいませ』と申上げました。
大國主の命は、白兎とお別れになりまして、また、例の重い袋を背負つて、せつせと、八十神たちのおあとを追つて、いらつしやいました。
これはちょっと言葉は古いですが、『古事記」として紹介されているものです。しかし実は中身は古事記とは大きく異なります。
それは古事記原文からAIで現代語訳したものと比較してみると明らかです。
同箇所の古事記は次のようになっています。
大国主神には多くの兄弟、すなわち八十神がいた。
しかし国はすべて、大国主神に譲られることになった。
その理由はこうである。
八十神たちは、因幡の八上比売と結婚したいと考え、皆で因幡へ向かった。その際、大国主神には荷物を背負わせ、従者として連れて行った。
気多の岬に来たとき、皮を剥がれた一匹のウサギが倒れていた。
八十神たちはそのウサギにこう言った。
「海水で体を洗い、風に当たって山の上に伏せていればよい」
ウサギはその通りにしたが、塩が乾いて皮膚が裂け、ひどく苦しんで泣いていた。
そこへ最後に来た大国主神が、
「なぜ泣いているのか」
と尋ねた。
ウサギはこう答えた。
自分は隠岐の島にいたが、本土に渡る方法がなかったので、ワニ(サメ)をだまして並ばせ、その上を渡ってきた。
しかし最後に「だました」と言ったため、怒ったワニに皮を剥がれてしまった。
そして先に来た八十神に教えられた通りにしたら、ますますひどくなった、という。
大国主神は言った。
「今すぐ真水で体を洗い、ガマの穂の花粉を敷いて、その上で転がりなさい」
ウサギはその通りにすると、元の体に戻った。
これが「因幡の白兎」であり、後に兎神と呼ばれる。
ウサギは大国主神に言った。
「八十神たちは八上比売を得られない。あなたこそが結ばれるでしょう」
以上が古事記の記述であり、因幡の白兎のメインの部分はないんです。
つまり、因幡の白兎の物語は古事記とは別に発展してきたものという解釈になりそうです。
調べてみるといろいろと面白い気づきがあるものです。
もうひとつ面白いことがあります。
このお話に出てくる鰐は爬虫類のワニではなく、鮫のことなんだよというのをよく聞きますよね。
現在は大方そういう解釈になっているわけですが、しかし、大正時代の物語では、「自分が時たま、友達にしてゐる海の鰐が砂の上に寢そべつてゐます。」とあって、海に棲むワニが砂浜に寝そべっているんです。
寝そべったワニってやっぱり爬虫類のワニを連想してしまいますね。まぁ物語なのでね。
爬虫類のワニというのも知っていて物語を書いているとしか思えませんね。ということは、ここでいうワニは鮫のことだと決めつけない方が正しくないですか?爬虫類のワニに海に生息するものがあると思っていたとかね。