2026-08-18(火) 松江・出雲地域の古来のお盆行事のまとめ
太田柿葉著「明治大正の出雲・庶民風俗」, 1962, 今井書店刊 の記事が主な出典である。盆踊りの歌唱については、後藤蔵四郎著「出雲方言考」,1927,郷語改善会 からの引用である。
盂蘭盆会(うらぼんえ)とは、太陰暦7月15日を中心に7月13日から16日の4日間に行われる仏教行事のこと。現在は新暦、一月遅れの新暦8月15日を中心に行われている。
1.迎え火(8月13日)
- 家長と子供は行水後墓参り
- 忙しい主婦は最後に墓参りし、墓灯籠を設置。
- 子供は帰宅後、麻殻か麦藁を門川近くで焚きながら「こなーかにあかってごだっしゃい」と連呼する。
- この意味は【この明かりを便りに(帰って)来てください】ということか。
- その間に家長は仏壇の中の用意、庭に招霊棚(杭の上に設けた棚に花や供物を飾ったもの)を設置する。それに線香や灯明をともし、麻殻で作った階段(梯子)をかける。
- 家の中、仏壇近くには、盆提灯(亀甲灯籠や岐阜提灯)を飾り、仏壇に向ってお盆の挨拶をする。
2.み魂送り
- お供え
- 8月13日:小豆粉の迎え団子。夕食はみそ汁とアカザのおひたし。
- 8月14日:朝はお萩餅、昼は四つもの(豆腐の澄汁、胡瓜膾、煮〆物)、間食は素麺。
- 8月15日:朝は小豆飯、昼は四つもの(豆腐の澄汁、胡瓜膾、煮〆物)、間食は黄粉団子、夜は焼茄子
- 8月16日:朝は白団子、(昼は四つもの(豆腐の澄汁、胡瓜膾、煮〆物))
- お供えは早々にお下げして、ご相伴する。
- み魂送りは16日の未明。15日午後に新しい麦藁で精霊船をつくり、就寝前に蓮の葉などを敷いてお供え物(胡瓜の馬、茄子の牛、花菓子、黄粉団子、焼茄子等)をのせて仏間に置く。
- 16日の未明には家長が精霊船に蝋燭を灯して捧げ、老婆が鈴を鳴らし、主婦は提灯と線香を持って近所の方とともに川か海に行って、念仏を唱えながら「また来年もお出でませょ」と名残り惜しみつつ船を送り出す。
以上がお盆の行事。盆踊りは以下のとおり。
3.盆踊り
- 以前は松江市内各所で行われていた。
- 盆踊りは16日から始まり、24日の地蔵祭りまで行われた。踊り手は手ぬぐいや仮装で参加したが、旧暦時代は月夜、新暦になってからは星明りと提灯の明かりが頼りだった。
4.盆踊歌
盆踊りは孟蘭盆及び夏期夜祭に老幼男女の別なく音頭取の歌うのに合せて踊る。
飯石郡の吉田などでは太鼓などの楽器も用いる。
明治廿年頃までは各地に盛んであったが風紀取締上の見地から禁止されて大いに衰えてしまった。
昭和2年で「大いに衰えている」わけである。
踊りの種類は松江では主に「こだいじ」、「かんだち節」及び「甚句」であった。
こだいじ- オヤーエー こだいじーがやーまにてーらたーてーて ひともーまーゐらずとーもーあーかずオヤーエー。
- (ごだいじが山にて寺建てて人も参らず戸も開かず)
- こだいじが腰にかご提げて前の小川へ鰌とりに。
- こだいじが青竹割りやる、與一乗せるとて籠くみゃる。
こだいじという歌節は文化、文政の頃の流行という。新保こだいじというのも事実かどうか怪しいものという。
- 揃たそろたは踊子が揃うた、稻の出穗より尚揃うた。
- いなされ持田の太郎兵衛、よあけがらすが鳴ぬに。
持田村の大庄屋の太郎兵衛が豪奢な遊びをするときの歌という。
かんだち節- かんどのかんだちヨーイ今はたけしですまゐする。
- (神門の神立ちヨーイ今は武志で住まいする)
甚句- じんくヤーをどらば、しなよーくーをーどーれーしなのナーア よいのーは、アラこーちーの―よーめー。
- (甚句踊らば品好く踊れ、品の好いのは此方の嫁)
- 盆が來たなら踊れよ跳ねよ、淺黄かたびらはげる程。