2026-08-26(水) 松江城の鬼門
国宝 松江城天守、近々令和の大修理が始まるということですが、松江城の鬼門(艮、丑寅)には2つのお寺があります。
一つは松江市石橋町にある千手院、もう一つは枕木山にある華蔵寺です。それについて少しまとめてみました。
【華蔵寺と千手院】
(1) 華蔵寺は方向角43°(江戸初期の偏角は東偏5~7°ということで当時の磁北36°位)で鬼門の方位にある。- 825年開山といわれる古刹で室町時代にこの地方の名刹として隆盛。
- 松江城のために建立されたものではないが、1607年堀尾吉晴は松江城築城に際し、枕木山が鬼門にあたるため、祈願寺とした。(島根県観光情報)
- 堀尾氏入府後、枕木山を鬼門封じとして手厚く保護し、祈願所とした。(島根県立図書館リファレンス)
(2) 千手院は方向角37°(江戸初期で方位角29°位)「本丸の鬼門(北東方向)にあたる此の地に広瀬から移して鬼門封じの寺として建立された」。- 松江城の鬼門封じのため、築城時に移転されたもので、僧・長海律師に地鎮祭を命じる。地鎮祭において本丸土中に密教法具を埋納したものが昭和の解体修理に伴い出土。呪術的な城郭鎮護のシステムとなっている。
- 時代としては中世的な陰陽道・方位観から近世の城郭・都市計画への移行期にあたるが、すでに鬼門には華蔵寺があるのに、この寺をわざわざ持ってくることに重要な意味があったはず。この寺が地鎮祭を行ったことが最も重要。
(3)鬼門- 鬼門は既に中世には「帝都の丑寅を」を鬼門として扱う用例があるらしい。「精選版日本国語大辞典」も鬼門を「艮・丑寅」とし、9世紀頃から方位禁忌がみられ院政期に盛んになったとする。
- 現在の家相図にみられる北東60°とはみないで、「艮・丑寅(うしとら)」の方位で考えるべき。
(4)山の稜線を結界とみる考え方- 華蔵寺は松江城からみて艮にある「寺」であると同時に、松江城下の北東側を大きく塞ぐ山(枕木山標高456m)であった。
- 千手院は松江城のすぐ近くにあって、城郭の鬼門を直接鎮護する役割。そして同寺からみる南側の稜線で松江城下を鎮護する寺(先代住職の談)。
位置付けとしては- 千手院=城そのものの鬼門を鎮める寺
- 華蔵寺=城下・領域の北東を護る山岳霊場。
となっているのではないか。松江城からみれば、2重に鬼門封じが行われている。
ちなみに、裏鬼門には玉湯の報恩寺が存在する。
