2026-09-10(木) 凍る宍道湖
昨日の日記に書いた松江市の災害の歴史の中に、昭和38年に宍道湖が凍結したとあった。
これで思い出したのが「嫁ヶ島伝説」だ。
しかし、嫁ヶ島伝説は一つではない。いくつかの物語がある。
それは主に悲しい伝説として知られている。
島根県立図書館のレファレンス事例詳細で嫁ヶ島伝説を調べることができる。
https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000137208&page=ref_view
このページでみられる伝説は次のように紹介されている。
- 1:姑にいじめられた嫁が湖で水死したところ、一夜のうちにその嫁を乗せて島ができあがった、というもの。「嫁ヶ島」の名前の由来になったとする。
- 2:姑にいじめられた嫁が湖に氷が張り詰めた寒中に、氷の上を渡って島の弁財天にお参りしたところ、小用を催し仕方なく氷の上で用を足したところ、氷が割れて湖中へ落ちて水死してしまった。人々は嫁を哀れみ、以後この島を嫁ヶ島と呼ぶようになった、とするもの。
- 3:「嫁が死んだ嫁が島」では、氷の張った湖の島の近くで嫁入り行列の嫁が用を足したくなったので、篭をとめて用を足したところ氷の穴から落ちて沈んでしまった、とする。
- 4:美しく信心深い、不幸せな身の上の女の水死体を乗せて、夢のように浮かび上がった島で、土地の人たちはこれを神さまの思し召しによるものとし、この島を弁天様に寄進してお宮や鳥居を建て、お宮の周りに玉垣をめぐらして女性を葬ったとする。
大体多く語られているのは1、2あたりで、様々なサイトで紹介されている。どちらかというと悲しいお話だ。
高木敏雄著 「日本傳説集」(大正二年三月創刊)、山田野理夫編 「海と湖の民話」(昭和34年、潮文社版)で紹介されている嫁ヶ島伝説は上記3で、日本傳説集には以下のように書かれている。
- 嫁ヶ島
- 出雲國宍道湖に、 嫁ヶ島と云つて、 美しい島がある。
- 昔、此湖水に氷が張詰めた時分に、氷の上を嫁入りの行列が通つた。
- 花嫁が、その途中で、急に小用に行きたくて、堪らなく成つので、氷の上で用をたすと、其處の氷が忽ち溶けて、花嫁は水に落ちて、沈んで了つた。
- その花嫁が、一つの島に成つたのが、今の嫁ヶ島だ、と云傳へてある。(清水兵三君)
清水兵三氏に聞いた話ということのようだが、昔は宍道湖が凍ってその上を歩いて渡ることも可能だったようだ。
確かに昭和30年代までは、松江市に「忌部高原スキー場」があったわけでそれなりの安定した積雪があったわけだ。
昭和38年には宍道湖が凍っているわけだが、高齢者に聞いた話では、とにかくあの頃は寒かったということだ。
嫁ヶ島付近には温泉の湧出があるとも聞いたことがある。それならば嫁ヶ島の周囲は氷が張らなかったとか、あるいは薄かったということもあったかもしれない。

撮影:新宮敦弘
嫁ヶ島は松江層の玄武岩溶岩で出来ています。だから伝説のように島が浮かび上がることはないと思われます。
それどころか、松江の城下町の造成を行う際に、岩山だった嫁ヶ島を削って石材を採り、それを使った土木工事を行ったようです。
市内の発掘工事に伴い、嫁ヶ島産と考えられる玄武岩の石材が出土しています。
現在のように平らになったのは掘削の結果というのが現実でしょうか。
(え?夢がない、夢を壊すなって?)